笠原冬実 | 工藝 藍學舎
笠原冬実 | 工藝 藍學舎


さまざまなステージで輝く女性たち。 彼女たちの愛する「かたち」を知ることで、
その「ひととなり」がおのずと見えてくるような気がしませんか。 「かたち」から紐解く24のストーリー。
一話目の主役は、約30年前に父から娘へ贈られた一本の茶杓です。


物には人の思いを伝える力がある。
ギャラリー「工藝 藍學舎」店長 笠原冬実さん

笠原冬実 | 工藝 藍學舎


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笠原冬実 | 工藝 藍學舎


「これがわたしのかたちです」
目の前に現れたのは、飴色に染まった細長い桐箱。中には、美しい梅のあしらわれた一 本の茶杓が大切に収められていた。
「結婚前、わたしが一生懸命お茶を習っていた時に、父が旅先の京都で買い求めてくれた ものです。めったにお土産やプレゼントをしない父だったんですけれどね」
冬実さんの父学雄さんは、自宅の家財や工芸品などの裏に購入した年や時には値段まで 書き記しておくような人。茶杓を収めた箱の蓋裏にも、学雄さんの墨書がある。「贈 冬 実殿 昭和60年6月 父学雄」。力強くも優しさの伝わる文字だ。
「銘のある茶杓というわけではありませんが、父が一筆書いてくれたことが大事なんで す。穏やかで味のある字も気に入っています。物には人の思いを伝える力があると思う。 父のように、直接口に出さなくても物を介せば相手に気持ちが伝わる。たとえそれが、どんなにささやかな物であっても。そういった面では、作り手の心や技を伝えるわたしの今 の仕事にもつながっているのかもしれません。親の思いって、年を取るにつれて伝わって くるものがありますよね。今度は自分が、子どもたちに何を贈ったらいいのかを考えています」

笠原冬実 | 工藝 藍學舎


冬実さんがお茶を習ったのは約5年間。茶席は日々の慌ただしさから開放される特別な空間だった。長野に染織修業に来ていた夫・博司さんとの出会いもまた、お茶の稽古場だった。
「職場の近くにお茶を教えてくれるお寺があり、そこに通いました。表千家の不審庵(※表千家を代表する茶室)を模すようなお寺で、高価なお道具も隔てることなく稽古に使わせてくださった。お稽古は夜でしたが、どんなに仕事に追われていてもお茶席に入る時だけは何も考えない。そのひとときが何よりも楽しみでした」
お茶への憧れは幼いころから。長野の寺でお茶を教えていた青山俊董尼が年一度開く「野良着茶会」を母と訪れお茶を楽しんでいた。日常の雑器も取り入れ、誰にでも開かれたその空間での経験は、幼心に深く刻まれた。
「一言発するだけで空気が変わるとても素敵な尼僧さんで、その方への憧れがお茶に魅かれるきっかけになりました」

笠原冬実 | 工藝 藍學舎


日常雑器から高価な道具まで。様々な手仕事のもつ魅力は、広範な作品を扱う今のギャラリーの仕事へとつながっていく。
1989年、染織の修業を終えた博司さんは冬実さんとともに郷里・宮城県中新田町(現在の加美町)に戻り、独立して工房を構えた。それから間もなく、二人は工芸品のギャラリー「工藝 藍學舎」を開いた。
「工芸品全般を皆さんに見てもらい、その中の一つの分野として染織を発信していきたいとの思いからでした。主人の友人や大家さんらの協力で元医院を改装させていただきいざオープンしたものの、初めはなかなかお客さまがいらっしゃらなくて...。それが少しずつ、お買い物帰りに立ち寄ってくださる方が増えて、近所の方々や遠方の方々も訪れてく ださるようになったんです」
大学生二人の母親でもある冬実さん。ギャラリーの開店当初は、生後六カ月の子をおんぶしながら店に立っていたという。
「二人目の時も、産後4日目には退院させてもらい、その日のうちに店に出ました。勢いと若さですね。今から思えばお客さまの理解があったからこそ続けてくることができました」

笠原冬実 | 工藝 藍學舎


国展で最高賞を受賞するなど、博司さんの作品は高く評価されている。優れた感性や考え方はギャラリーにも反映され、冬実さんもそれを尊重している。
「扱う作品や企画展の展示などを最終的に決めるのは主人。作り手としての厳しい視点で見極めます。わたしは使う側の視点で展示しがちですが、主人はいかに美しく見えるかを優先する。やはり主人が手掛けると、作品がより輝いて見えます」
茶室で出会ったお二人。同じ空間で培った審美眼は、作り手と使い手双方の心を共鳴させるギャラリーへと昇華された。そんなお二人の間には、折に触れ先の茶杓が登場する。「実家では毎年、元日に母がお茶を点ててくれました。わたしもそれに倣い、ここで新しい家庭を築いてからも続けています。父から贈られたこの茶杓でお茶を点て、家族みんな で一服する。そうすることで、『新しい年を迎えられた』と感謝を新たにし、清々しい気 持ちになれます」
父のほんの気まぐれだったかもしれない。銘のあるものでもない。そんな一本の茶杓が30年もの間、冬実さんや家族を見守り続けた。手仕事で生み出された物のもつ力を信じ、彼女はきょうもまたギャラリーに立つ。


かさはら・ふゆみ
1962年生まれ。長野県松本市出身。工藝 藍學舎は主に東北を拠点に活躍している優れた工芸作家の作品を展示・販売。陶器、漆、ガラス、染織、蔓編、家具など、博司さんと二 人でセレクトした逸品が並ぶ。ギャラリー奥にカフェスペースも併設している。


工藝 藍學舎(こうげい らんがくしゃ)
宮城県加美郡加美町字西町78
TEL.0229-63-4739
月・第4日曜定休


   
Film Arrange Egg

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