さまざまなステージで輝く女性たち。
彼女たちの愛する「かたち」を知ることで、
その「ひととなり」がおのずと見えてくるような気がしませんか。
「かたち」から紐解く二十四のストーリー。
今回は、幼いころからの夢を叶えた菓子職人のお話です。
「大きくなったらお菓子屋さんになりたい」。
2015年10月、裕美さんは夢を叶えた。「小さなお菓子屋さんgrand jeté(グラン・ジュテ)」オープン。厨房ではさまざまな道具たちが活躍する。一番のお気に入りは、ピカピカに磨き上げられた銅鍋。製菓の専門学校時代に研修先のフランスで買い求め、「店を持った時に使おう」と大切に保管してきた。十数年の長い眠りから覚めた銅鍋は今、主にカスタードクリームを炊くのに大活躍している。
「菓子職人にとってカスタードは特別。おいしく炊けるようになれば一人前といわれています。なので、いつも『おいしくなれ』と念じながら炊いています」
表情がキリリとひきしまった。
夢の始まりは小学二年生のころ。当時の親友は、近所に引っ越してきた同級生・わかこちゃん。学校も放課後も休日もいつも一緒。家に遊びに行くと、わかこちゃんのお母さんが手作りのケーキをごちそうしてくれた。「お家でケーキが作れるなんて」と驚きと感動だった。それから少しずつ、わかこちゃんのお母さんに教わって二人で菓子作りを始めた。出来上がると家族やクラスメイトにごちそう。喜ばれると、また作って…の繰り返し。
「当時、自宅にオーブンがなかったからフライパンで焼いていたんです。生焼けになることも多くて…。それを見かねたおじいちゃんが小さな電気オーブンを買ってくれました」
微笑ましくも、小学生とは思えない〝本気ぶり〟も伝わるエピソード。
高校卒業後、大学進学を望む家族の反対を押し切って、東京の製菓専門学校に進んだ。そのまま都内の洋菓子店で五年間修業。その後一度、故郷に戻ったけれど、さらに経験を積みたいと神戸の菓子メーカーに就職し商品開発に携わった。世界的に知られる一流パティシエと仕事をしたり、二年掛かりで一つの商品を完成させたこともあった。
「達成感ややりがいを感じたし、なにより熱をもって仕事に取り組む同僚たちから学ぶことも多かったですね」
仕事に邁進する中、故郷を東日本大震災が襲った。連絡が取れない不安な日々。「もうこんな思いはしたくない、家族の近くにいたい」地元に戻ることを決めた。
2015年、生まれ育った栗原市一迫に店を開いた。木目と白を基調とした店構えはシンプルで、看板も小さく控えめ。営業日も慎ましく、金曜と土曜の週二回だけ。
「生のケーキだけ、焼き菓子だけと限定すればもっと開けるんでしょうが、どちらも揃っていて選ぶ楽しみも感じられるお菓子屋さんが理想。そうなると、わたし一人ではこれが精いっぱいなんです」
grand jetéの店舗は、裕美さんがいつかお店を開けるようにと、おじいさんが以前から用意してくれていた建物。職人の道を反対していた両親も今では一番の理解者になった。一人で菓子店を切り盛りすることに心配し、開業に乗り気ではなかったご主人も応援態勢に。忙しい時にはお店の洗い物を手伝い、イベントに参加する時には車を出してくれる。お店の看板やホームページもご主人の作だ。
まっすぐ一心に、お菓子作りに向かう裕美さんのひたむきな姿が周囲をそうさせてしまうのだろう。「夢を貫けているのは、環境のおかげ。家族や周囲の協力は絶対です」
日々感謝も忘れない。
「毎週お店が開くのを楽しみにしています」「食べると幸せになる」…お客さんの声が一番の原動力という。「家族やクラスメイトを喜ばせたい」と、かつて一生懸命作ったクッキーはバターと卵、砂糖、小麦粉だけのシンプルなものだった。あれから約三十年、使う材料は増えて、技術もセンスも格段と磨きが掛かったけれど、想いはきっとあのころのまま。
grand jeté
チーズケーキ、シュークリームといった定番、季節のケーキ、食べはじめると止まらない不思議な魅力の焼き菓子など約20種類が並びます。「何度も足を運んでほしい」と価格もリーズナブル。中でもオススメは「あんバターカステラ」160円(税別)。しっとり柔らかなカステラと粒あん、バタークリームとのバランスが絶妙で、心がほっこりするおいしさ。予約でバースデーケーキも対応しています。
住所:宮城県栗原市一迫真坂字清水田町15−5
電話:0228-57-7533
営業: 金・土曜日9:00~18:00
http://gotomasaki.wixsite.com/grandjete
もうひとつの〝かたち〟
狩野魚店
grand jetéから車で約2分、商店街の一角にある魚屋さん。塩釜市場から仕入れた鮮魚が自慢のこちらのお店は、裕美さんのご実家。ご両親と妹さんのご主人が切り盛りしています。地域で長く愛されてきたお店とあって、裕美さんを小さなころから知る昔からの常連客も少なくありません。
grand jetéも「狩野魚店の娘さんがやっているお店」として温かく見守られています。かつて数軒あったのが、今では一迫地域で唯一の魚屋さんに。店舗販売のほか、週数回、移動販売もしていて、買い物の足がないお年寄りに特に喜ばれているそう。仕出しのほか、併設の座敷では法事やお祝い事、記念日、ランチ(完全予約制・4人以上)も楽しめます。
住所:宮城県栗原市一迫真坂字中町11-2
電話:0228-52-2045
赤のこめ
製造から接客まで全て一人でこなす裕美さん。「代わりがいない」責任感から健康管理には特に気を配っているそう。そんな彼女の最近のお気に入りは、赤米の玄米「赤のこめ」(200g入り450円)。常連さんに教えてもらい、近所の農産物直売所「あやめの里」で購入しているそう。普通のお米にごく少量入れて炊くだけで、赤飯のようなきれいな色合いに。モチモチの食感もおいしい。「手軽に健康的なことをしているような気分になれるんですよね。一迫産の安心感もあり、手ごろなお値段もうれしい」。