中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主
さまざまなステージで輝く女性たち。
彼女たちの愛する「かたち」を知ることで、
その「ひととなり」がおのずと見えてくるような気がしませんか。
「かたち」から紐解く二十四のストーリー。
今回は日々を楽しみながら自分らしい暮らしを実践、発信する女性のお話。
肩肘張らず、いつも自然体な生き方が多くの支持と羨望を集めています。

中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


作り手と使い手のあいだ。「ありがとう」の行き交う場所。

 東京・蔵前。昔ながらの問屋街に囲まれ、職人の技が息づくこのまちに佇む「in-kyo」。お店にはちえさんがセレクトした作家の器や生活道具などが並ぶ。
「扱うモノを選ぶ基準は、まず自分が使ってみていいと思えること。器だったら暮らしとともに年月を重ねられ、お料理を盛りつける景色が想像できるような。ここで扱っているのはモノだけど、作家さんが長く付き合っていける方というのも大切ですね」
 お店では定期的にワークショップも開く。
「例えば料理のワークショップなら、料理を作ること、食べることを通じて素材を育てる農家の方やその土地、また料理に合う器やその作り手へも思いを巡らせたり。体験や体感から興味が広がって、お店が、人やモノ、ことに出会うきっかけの場になったら嬉しいですね」

中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


 お店を開きながら、モノや道具、それらを楽しむ暮らしなどをテーマにエッセイも執筆している。ちえさんの「好き」がかたちとなり広く知られるきっかけは、一冊の本だった。十数年前に趣味で作ったミニブック。日々の暮らしで覚えたコーヒーの淹れ方や豆、道具のことを表情のある写真とシンプルな文章で綴った。当時はデジカメ撮影やパソコン編集が一般的でなく、フイルムで撮った写真をカラーコピーし一枚一枚切り貼りした。この手作りミニブックがある編集者の目に触れ、心を動かし、2002年『おいしいコーヒーをいれるために』(メディアファクトリー)となって出版された。
 当時のちえさんは外に向けて文章を書くこと、まして本を作ることに関して全くの素人。出版は本人にとっても思いがけないことだった。
「目の前にあるものをこなすのが精一杯でした。プロの編集者、カメラマン、デザイナーに支えて頂いたお陰で、素敵な本が出来上がりましたが自分だけが同じ土俵に立っていないような気がして。出版後、二〜三年は自分の文章を読み返すことができませんでした。でも今は、そのときそのときで精一杯やることしか自分にはできないって思っています。だからいろんなきっかけとなったこの本は私にとって宝物のように愛しい存在なんです」

中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


 出版を機に、ちえさんはエッセイストとして活動を始める。「本や雑誌に文章を書きながら、お店をやることができたら…」
趣味で物件巡りをしながら膨らませていた〝妄想の夢〟は、ほどなく現実に。それまで本作りでお世話になっていた出版社のアノニマ・スタジオが事務所を移転することとなった。移転先は浅草のお隣「蔵前」。おもちゃの問屋や小さな工場、革製品の会社が多い地域で、当時は近くにお店などもほぼ皆無だった。

中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


「移転先のアノニマ・スタジオの一角でお店をやりませんか?とお話を頂いたんです。蔵前を訪れたのはその物件を見に行ったときがはじめて。地下鉄から地上に出ると川の匂いがして、すぐ近くを流れている隅田川に出ると空が開けていて気持ち良かったのを覚えています。東京でもこんなにのんびりしているところがあるんだなって。それでいてキビキビと働く人たちの気配が感じられて、なじみはなかったのにいっぺんでこの町が好きになりました。信頼していた方からのお話ということも大きかったけれど、不安よりもやりたい気持ちの方が勝ってしまったんです」
 開業までの期間はわずか。「思い出せないぐらい」夢中になって準備を進めた。信頼の置ける陶芸家、木工作家ら十人ほどの作品を集め、2007年、アノニマ・ スタジオ一階にin-kyoがオープン。12年にはそこから徒歩五分ほどの現在の場所に移った。
「わたし本当にのんきだから、人にはっぱをかけられないと動かないんですよね。本もお店もまわりの人たちに感謝してます」と笑うちえさん。

中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


 でも今ははっぱをかける側にいる。作家らにお店で開く企画展のテーマを提案したり、こんなモノを作ってほしいと、時に
〝無茶なボール〟を投げたり。放たれたボールを作家はしっかりと受け止めて返球。今度はちえさんが作り手の想いを精いっぱい使い手にパスする。「作家さんが直接伝えられないことをわたしがお客さまに言葉で伝え、お客さまの声は作家さんに戻す。お店は双方の中間地点」
 ただモノを仕入れて売るお店とは違う。でもお店を続けるためには「商売」も必要だ。一方で消費という言葉が頭にちらつく。
「お店をやっている友人が『こちらからお客さまに〝ありがとうございます〟は当たり前だけど、お客さまからも〝ありがとうございます〟と言われる。このありがとうの交換があることでぼくはお店を続けていける気がする』と。友人の言葉でフッと力が抜けたんです。確かにお金は介在しているけれど、ありがとうの交換をすることでモノが循環する。それは消費活動ではなく、お店がモノを通して作り手と使い手をつなぐ場所にもなっているんだって」

中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


 お店を開いて8年。
「時代の変化にただ流されたくはないけれど、しなやかでありたいとも思う。そのためには日々の暮らしの中で変わらない軸のようなものがあればいいのかなと思ってます。それがわたしにとってはたぶんコーヒーを毎日淹れること。たとえひとつでも変わらない何かがあれば、人はいつでも、どこでもなんとかなるのかもしれません」

中川ちえ|文筆家、器と生活道具の店「in-kyo」店主


なかがわ・ちえ
1969年、千葉県生まれ。子供服メーカー、雑貨店、広告代理店勤務などを経て、現在に至る。著書は『ものづきあい』『器と暮らす』(以上、アノニマ・スタジオ)、『暮らしのものさし』(朝日新聞出版)、『まよいながら、ゆれながら』(ミルブックス)など。

in-kyo/祖母が寝起きしていた隠居部屋が店名の由来。
住所/東京都台東区駒形2-5-1 電話/03-3842-3577 定休日/日・月 http://in-kyo.net


   
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