富永明日香 |建築家
さまざまなステージで輝く女性たち。
彼女たちの愛する「かたち」を知ることで、
その「ひととなり」がおのずと見えてくるような気がしませんか。
「かたち」から紐解く24のストーリー。
10話は建築家に欠かせない筆記具。
単なる仕事道具の枠を越え、彼女の15年を知る大切な相棒です。

富永明日香 |建築家


富永明日香 |建築家


対話を重ねて、本質探る。「まるでカウンセラー」

 芯ホルダー=鉛筆の芯をくわえ込んで使用する筆記具。
 明日香さんの愛用品は、ドイツの老舗・ファーバーカステル製の製図用品。ボディの深緑色が上品で、持ち主の雰囲気に合う。「細さと、持った時の重量感」が気に入り、愛用歴はもう15年。胴軸のニッケルメッキがところどころ剥落ち、地金の真鍮が顔を出す。「最近は(パソコンの)CADの出番が増えたけれど、今も図面を引くのに欠かせない」
 イタリア留学などを経て、2000年、日本を代表する建築家・中村好文さんの設計事務所に入社した。芯ホルダーはそれから間もなく手に入れた。「図面描きがすごく上手な方が事務所にいて、その方が使っているのを見て、銀座・伊東屋で買いました」
 初めて担当したのは、那須に建てられる別荘の設計。約1年半、何度も描き直しを重ねた。「泣きながら描いたこともあった」。完成した別荘は、中村さんの代表作の一つになった。
 独立のために退社するまで12年間、携わった住宅は12棟ほど。一棟の完成までに引く設計図は百枚を優に越えるという。〝相棒〟が紡いだ図面は膨大だ。
「この芯ホルダー、どうやら廃番になったらしいんです。一度、工務店の社長さんのクルマの助手席に落としたことがあって、それ以来、持ち歩かないようにし、使うのは机の上だけと決めています。普段は物を循環させていくタイプだけど、これだけは、使えなくなっても取っておくと思う」

富永明日香 |建築家


富永明日香 |建築家


 2012年6月、郷里・石巻市に設計事務所を開き、一般住宅や店舗などの建築を手掛けている。施主とは丁寧な話し合いを重ねる。何気ない雑談から始まり、思い描く暮らし、普段の生活などを何度も顔を合わせて聞かせてもらう。「テーブルじゃなく座卓にしたい」「木を使いたい」…。施主が大切にしていること、譲れないものの理由や背景を対話からひも解き、本質を探り、形にする。現場で働く職人たちとのやり取りも同じだ。
「まるで(心理)カウンセラーのよう」。それでも工事が進めば「まず予定通りにはいかない。現場は生き物。そこが面白いんですけどね」

富永明日香 |建築家


富永明日香 |建築家


富永明日香 |建築家


 施主の要望を汲み、コストや合理性も考慮する。多くの条件の中、建築作品としての提案もする。
「例えば、よく考えるのは対比のおもしろさ。入り口は小さいけれど、奥に進めば大きい吹き抜けが広がる。小さな空間に大きな階段がある。そんな意外性」
 根底にあるのは、8歳から高校卒業まで通った「お絵描き教室」
「抽象的な絵を描かせてくれる先生で、潜在的な美意識はその頃に培われたように思う」
 学生時代に初めて訪れたヨーロッパでも対比の美しさに魅かれた。「古い建物に近代的なガラスのエレベーターシャフトが付いた様が格好良かった」

富永明日香 |建築家


富永明日香 |建築家


 新旧の対比。それはやがてまちの歴史への興味となり、学生時代はイタリアで都市史を研究した。
「土地の歴史や背景を考え、長いスパンで物事を考えていけたらいい」
 一方で「いつも新鮮でありたい」とも思う。
「新しいことというのは難しくて、一人ではなかなか考え出せないもの。過去に学びながら、新しい形を提案したい」
 歴史や背景、そして依頼者の心を探求し、自然体で受け止める柔らかい心。そんな彼女が〝相棒〟とともに紡ぐ建築物はきっと居心地がいい。

富永明日香 |建築家


富永明日香さん
もうひと つの〝かたち〟


食・石川


石巻市の中央一丁目で60数年、「すき焼き 石川」として愛されていたが、東日本大震災の津波により被災。2012年、店名を新たに市内の住宅地で再開した。明日香さんにとっては「祖父の代から家族で馴染みのお店」で、新店舗の設計は独立後の処女作となる。親しみを込め明日香さんを“明日香姫”と呼ぶ女将さん。「座ると空が眺められるカウンターがお気に入り。窓から見える木や花もすべて計算されていて、お客さんにも褒められます」とうれしそう。上質な和牛を使ったすき焼き、しゃぶしゃぶ、ステーキのほか、「フレンチを学んだ息子さん(3代目)による前菜も素晴らしい」(明日香さん)。その数、なんと12品。自家製ソーセージだったり、グラタンだったりと手間を惜しまない料理の数々が振る舞われる。

住所:宮城県石巻市中里1-9-10
電話:0225-95-2358
営業時間:17:00〜20:30(L.O.) 
定休日:月曜日 不定休あり
http://ishinomaki-ishikawa.net

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富永明日香 |建築家


カンケイマルラボ

明日香さんのご実家が江戸時代から代々営む陶器店「観慶丸本店」。陶磁器、ガラス、漆器などのほか生活雑貨も扱い、充実した品揃えと抜群のセンスで遠方のファンも多い。その向かいに2014年オープンしたのが、イベントスペース「カンケイマルラボ」。明日香さんの事務所も併設している。年数回、全国の作家による器やクラフトの展示会、ワークショップを開催。企画は夫の須田マサキさんが担当。マサキさん流の審美眼で作家をセレクト、背景にある物語をも伝える。作り手と使い手との交流の場にも。会期中はミニカフェもオープン。北欧の家具デザイナー、ポール・ケアホルムの自邸の写しという本棚に収められた蔵書を読みながらくつろげる。

住所:宮城県石巻市中央2-3-14
営業時間:10:00~18:00 定休日:火曜日 
※イベント期間中のみ営業
観慶丸本店
住所:宮城県石巻市中央2-8-1  電話:0225-22-0151 
営業時間:10:00~18:00 定休日:火曜日
http://kankeimaru.com


富永明日香 |建築家


とみなが・あすか
1974年、宮城県石巻市生まれ。大学で建築を学び、イタリア留学を経験。
帰国後に中村好文さんの設計事務所「レミングハウス」で働き、2012年、「富永明日香建築設計事務所」を開設。
小学1年生の男の子の母親でもある。


   
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